

A Short Story by Kosuke Fujiki
NovelJam 2018 秋 藤井太洋賞受賞作
The Author's Statement
著者のことば
2泊3日で小説を制作し、電子書籍にして出版する。そんな無謀なイベント「NovelJam」に私は参加した。無性に気分が高揚する異様な雰囲気のなか、私は即興性に全面的に身を委ねて小説を書くことにした。
今回、与えられたテーマは「家」である。たえず浮遊を続け、色とりどりの表情を見せながら、ひとところに留まることがない「雲」を定住する場としての家とは対照的なものとして位置づけ、新しい形の「家」を雲のイメージに託して模索した。住みかを持たず、本当の家族ですらない主人公と老人の旅は「家とは何か」を読み手に問いかける。本作を読むことで、あまりにも身近で顧みる機会の少ない「家」のイメージについて再考する機会が生まれれば、著者として望外の喜びだ。
Story
流転する物語
国際的に活躍する投資家の「僕」は、世界のそこここで「妻」たちと暮らしている。それが〈クラウドハウス〉。サブスクリプション契約により、世界中どこでも同じ「暮らし」ができるセレブ御用達のサービスだ。クローン人間の妻たちは毎日ブリーフィングによる「同期」を行い、同一人物を演じている。仮想通貨の暴落で〈クラウドハウス〉を失った僕は、大阪を彷徨う。そこには運命の出会いが待っていた……。オルターナティヴな現代を舞台とするSFから父と子の物語、そして震災の記憶へと、物語は雲のように形を変え、ジャンルを気ままに横断しながら、あなたを予想不可能な方向へ連れていく。
Places
移り変わる舞台
本作の大きな魅力の一つは、物語の展開とともに目まぐるしく転換する舞台である。定住するための家という従来の概念を覆す〈クラウドハウス〉に住む主人公は、世界のあらゆる場所を家にしている。その一方で、気まぐれな風に流されるまま一つの場所に留まることのない雲のように、運命は彼を思わぬ方向に運んでいく。黄浦江、セーヌ川、隅田川、道頓堀川など、川のイメージに重ねて描写される都市は人間の生活の場所であるとともに、定められた人生のコースの比喩でもある。本来の「家」を失い、正体不明の老人を連れて彷徨する主人公は、川の流れのさらに先を目指す旅人に他ならない。
本文より

Shanghai
上海
上海の部屋のはるか眼下では、遅い午後の日差しを受けた黄浦江の水面がキラキラと揺れながら揚子江に向かって静かに流れていく。寝ぼけまなこの変色龍(カメレオン)のように緩慢に動く夕方の川を見ていると、ビデオ会議に疲れた脳が休まった。

Tokyo
東京
隅田川の目覚めは早い。タイルが朝日を白く照り返す河川敷に沿ってジョギングをする人々が見える。妻の口づけで起こされた僕は、小さな点でしかない地上の人々の動きを目で追いながら寝覚めのエスプレッソを飲む。

Paris
パリ
夜、セーヌ川に花火が上がる。空に飛び散った色とりどりの火花をそのまま振りかけたような向こう岸の夜景からはライトアップされた廃兵院(アンヴァリッド)の金色のドームとエッフェル塔が頭を出している。僕と妻はソファーに裸で寝そべりながら花火を眺めている。

Osaka
大阪
大阪の部屋の窓からは道頓堀川が見える。他の川に比べてずっと狭く、ごみごみした繁華街にある。川沿いにはホームレスも多い。俯瞰する僕のまなざしから逃げるように、橋の下の陰に身を寄せ合っている。
... and more!
Style
漂泊する語り
本作では「何が語られるか」と同程度に「どのように語られるか」に注意が向けられている。一人称の文体の強みを最大限に活用し、本作の語りは現実、夢、回想、想像を自由に行き来する。読み手は単に出来事やアクションを追うのみならず、主人公の内面に寄り添い、完全に「僕」になりきって旅をすることになる。さらに、「僕」の目を通したシーンの描写は主人公の主観と不可分につながっており、事実を客観的に描いているわけではない。主人公の認識の変化に伴い、同じ場所がまったく違った側面を見せるようになる。本作のモティーフである雲のように変幻自在に形を変えていく多彩な語りを楽しんでほしい。
About the Author(s)
作者(たち)について
本作は、チームの共同作業から生まれた小説である。一応、藤城が著者ということになっているものの、編集を務めた波野發作は執筆の全行程に携わり、展開や表現について数多くの助言を与えた。また、新進気鋭のデザイナー、ほさかなおは表紙デザインを担当しただけでなく、執筆途中の原稿に目を通してシーンのアイデアを提供した。和気あいあいと過ごした3日間のうちに、作品は思わぬ方向に膨らんでいき、著者が意識していた以上の内容が引き出された。「NovelJam」という名にふさわしく、各パートが楽しみながら奏でるセッションが化学反応を引き起こし、即興的に発展していった小説である。
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